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明日死ぬとしたら、生き方が変わるのか?

カサンドラ症候群にならないための5つの工夫[その1・相談方法を間違えないこと]

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元夫がアスペルガーだったと判明したのは、離婚をしてから。交際していた頃や結婚していた頃にも「んもぉ! 意味わからん!!」と感じたことは多々ありますし――ありすぎ、と言っても過言ではありません――精神的疲労を感じたことも当然あります。ありまくりです。
 
 
しかし後にADHDのスタッフを雇い入れたことにより"本当のカサンドラ症候群"を発症したこともあって、カサンドラ症候群未満で済んだ環境と、発症した環境のいくつもの比較を出すことができます。
 



 
上記記事の中でも書きましたように、私は、元夫と「感性の共有」をすることも「笑いのツボを共感したい」と願うことも早々と手放しました。正直にいえば、初めからその部分にさほど期待をしていなかったというのもあります。
 
子どもの頃から父の仕事の関係で欧米に暮らしたり日本に戻ったり、再び欧米に……を繰り返して育ちましたので、他人と私の感性が違うのはいたって普通のことだという認識がいつもありました。
 
 
格好いい今時の言葉で言えば、多様化を認めていた――といった感じでしょうか? ですので「理解しよう」「理解しなければならない」「日本の常識を教えなければならない」と押し迫ってくる元夫に対しては
 
なぜそこまでふつうであること、同じであることを求めるのか?
 
という違和感とストレスがありました。けれどその違和感とストレスを共有してくれた相手がいたことが救いのひとつでありました。
 
 
 
 
 

カサンドラ症候群の悲しみが深くなる理由

 
カサンドラ症候群を発症させた人や、ツイッターやブログなどで見かける『カサンドラ症候群を発症させているっぽい多くの人達』が口を揃える、深刻な悩みなのに「一般的なあるある」「よくある愚痴のひとつ」として受けとられることで、さらに孤独感や共感されない思いを強めていく、ってやつ。


これは決して周囲が無理解というわけではなくて、人はみんな自分のことに忙しく、自分や自分の家庭の中にも(人に言えない)悩みを抱えているから、他者の悩みに真剣に耳と頭と心を傾け寄せる余裕が50%もないからです。人の悩み相談に真剣に乗ろうと思ったら、余裕が90%程度ないと正直すごく厳しい。
 
 
これはあくまで例えですが――本当に本当に訴えかけたい思いは「映画」にしなきゃいけない。相手が身を入れて観なければならない状況をつくる、という意味。
 
 
カサンドラ症候群になってしまうような人って、気づかいさんが多い印象です。気を配れすぎて気を遣いすぎて、相手の状況を思いやりすぎてしまう繊細な人達。
 
そんな人達だからわが身に起きているトラブルを相談をする時すらも、映画館に足をお運びいただくなんて滅相もないです……テレビ番組を見ながらで片手間で結構でございます……みたく「重いけど重くないふり」をしてしまうことが多いかなって。
 
でもそうすると多くの人は――自分にもさほど余裕がないし、重くない相談なら――あるある! うちもそうだったよ! 男ってそういうものだよね、女ってそういうところあるよね! 今時の若い人って皆そうだよ! 大丈夫だよ!――ってパーンと背中を叩いて片づけてしまう。

 
そうなると相談者は「そんな簡単なものじゃないんだけどな……」ってさらに孤独を深めて、分かってもらえないさみしさを募らせてしまう。
 
 
かつての私もそうでした。そもそも人に相談をするのが苦手でしたし、悪口や愚痴・弱音を吐くのも苦手でしたから、すべて自分の中で処理しようとしていました。
 
大人になって「皆、言わないだけで色んな悩みを抱えている」と知ってからはなおさら……重い相談ほど出来なかった。誰か、私が重い状況であることを気づいてくれないかな……って願いながら、勘のいい誰かが「どうしたの?」って手を差し伸べてくれることを待っていました。



 
 

カサンドラ症候群の特有の悩みは、同じ苦しみと腹立ちを共有できる相手と

 
離婚後にアスペルガーだったと判明した元夫との暮らしの中で、私がカサンドラ症候群を発症させずに済んだのは、手を差し伸べてくれた相手がいたからにほかなりません。その相手は……まさかの『元夫の姉妹と、元夫の母』でした。
 
 
というよりも、元夫の姉や妹・義母が元夫のことを「あの子は変わってる」「なにを考えているのかさっぱり見当もつかない」「顔と頭がいいだけの屁理屈王子様」などと、頻繁に言っており(笑)
 
「あの子に腹が立ったらいつでも言ってほしい!」「その代わり私達の愚痴も聞いてほしい!」「ひと月に1度でいいから愚痴を吐く女子会を開催したい!」

 
と、手を差し伸べて(差し出して?)くれたのでした。もちろん初めの頃は彼の姉妹・義母相手に彼への不平不満を言えるわけもなく、罠でも仕掛けられているのかと疑ってもいました。
 
 
けれど実際には、義母からすれば実の息子、姉妹からすれば実の弟&兄である「元夫」への愚痴・不満は噴出しまくりで。なんなら噴火と言っても過言ではないくらい。
 
私がふだん感じている不満やストレスを同じように「チクショー!」「馬鹿野郎!」「コノヤロウ!」と思っている人が身近に3人もいるというのは、なによりの安心感でした。
 
 
私がおかしなわけじゃない、という安心感はとてつもなく強い精神的な柱になりました。過去にも書きましたように元夫は、帰国子女の私を「変わってる・ヘン・日本の常識を知らない」→「だから俺がそばにいて教えてあげなければ!」と常日頃から言っていたので
 
「アンちゃんはなにもおかしくない。おかしいのはあいつ!」
「小学生の時からものすごくヘンだった!」
「忘れ物と失くし物が多くて、すご~く大変だった!」
「アンちゃんと付き合ってから、あいつは宇宙人から人間になりつつある!」
 
と彼の身内に言っていただけるのは……なんだか幸せでもあり、笑えもしました。

 
1人で苦悩を抱え込まなくて済んだことと「男はそんなもの」「男なんてみんなそうだ」などと『一般的なあるある 見過ごすことのできない問題点』一緒くたにされないで済んだというのはカサンドラ症候群を防ぐ意味でもカサンドラ症候群ケアの側面から見ても非常に重要なことです。
 
 
その中でも義母が言った「唯一の男の子だから、あの子の子育てを失敗したのかな? 甘くしちゃったかな? って深く悩んだことがある」という正直な思いは、意外過ぎてあまりに衝撃で……このお義母さんとならうまくやっていけるかもしれないと思わされたものでした。
 
 
世の中の「お母さんと呼ばれる人」が、自分の子育てを「失敗」と平然と言ってのけるなんて、それはそれは驚きでした。
 
 
「失敗なんて言ってもいいんですか?」
「親は親であってプロじゃないんから、そりゃ失敗だってするわよ。あの子を含めて3人産んだだけ、3回しか経験がないのにプロになんてなれるわけない。ただただ一生懸命になるだけよ」
 
と、豪快に笑ってビールを一気に飲んだお義母さんは「迷惑かけてるでしょう、ごめんなさいね。あの子と一緒にいるのが苦しかったら、あなたのために別れてね。そこには遠慮も同情もいらないんだからね。あなたは幸せになっていいのよ!」と仰いました。
 
 
私自身がカサンドラ症候群のカウンセラー兼、大人の発達障害のトレーナーになった今だからこそ……お義母さんの満点の笑顔の軌跡には、きっといくつもの涙と覚悟と葛藤があったのだろうと想像がつきます。
 
彼(元夫)は「お母さんだけは悲しませたくない」「お母さんには心配を掛けたくない」と事あるごとに言っていました。彼が家族をものすごく大切にしていたわけが、"彼の家族との女子会"を通じて見えたことも貴重な経験でした。
 
 
 
 
 

カサンドラ症候群を未然にふせぐ3つの相談方法

 
カサンドラ症候群にならないための相談の仕方は3つあります。この3つ、どれも大切です。
 
 
 

1. 意見もアドバイスも要らない『肯定だけしてほしい』と前置き

 
LINEやメールなどで「ものすごくストレスが溜まっていて愚痴を聞いてほしい。でも意見やアドバイスがほしいわけじゃなく、ただただ、気持ちわかるよ!  あなたは間違ってないよ! って言ってほしい。その時間を近日中に1時間だけつくってほしい」と事前予告をします。←しています、実際に未だに
 
そうすると相手は「じゃあ今日は無理だけど○○ならOK!」などと言ってくれますので、遠慮なくその日に1時間だけぶちまける。
 
  • 具体的なアドバイスを欲しているのか
  • アドバイスなど要らない、ただ愚痴を吐かせてほしいのか
 
これを事前に言っておくだけで、愚痴を聞いてほしいだけなのに意見された……やっぱり分かってもらえないんだ……などの二次被害を味わわなくて済みます。
 
 
様々な事情があって、友達や肉親・身内にこれが出来ない人はカウンセラーを利用すると良いと思います。カウンセラーってそもそもそういう役目ですしね、"優しい受け皿"ですから。
 
 
 

2. できれば「対面」で相談にのってもらう・愚痴を聞いてもらう

 
LINEやメールってすごく便利なんですけど、愚痴を聞いてもらったり相談に乗ってもらうのはやっぱり「対面」がいいです。
 
ちょっとした相談程度ならLINEやメールってすごく都合がいいし使い勝手がいい。でもカサンドラになってしまうほど、心が冷えている時って『温度を感じること』がなにより大切です。
 
  • 相手の心のあたたかさに触れる感覚を思いだす。
  • 自分がしている話の"内容に応じた表情で"、話を聞いてくれる喜びを思いだす。
  • 無意識に"してほしい・返してほしい"と強く願っていたリアクションが返される安心感を思いだす。
 
実際に手を伸ばせば触れる距離という「対面」でもいいですし、ビデオ通話などの声と表情を見られる「対面」でもいいと思います。
 
人の声ってこんなにも優しかったのか。
人の表情ってこんなにもありがたったのか。
 
っていう「当たり前」をあたりまえに思いだすことが、カサンドラ症候群の予防やカサンドラ症候群ケアにおいてはなによりも必要であったことを、実体験として痛感します。
 
 
 

3. 相談相手選びは慎重に

 
これはカサンドラ症候群に限ったことではないのでしょうが、相談相手選びって、見落とされがちですけど実はとっても大切です。
 
相談をするのが下手だったり苦手な人にとっては「相談すること」そのもののハードルが高いです。
 
やっとの思いで相談をした → 愚痴や弱音を聞いてほしかっただけなのに「あなたにも反省すべき点があると思う」「具体的に××をしてみるのはどうだろうか、それで駄目なら○○を」等々、
 
なんていうか……子守唄を歌ってほしかっただけなのにお説教された、とでもいいましょうか。絆創膏をやさしく貼ってほしかっただけなのに、患部にしみて痛い消毒液をぶわあっとかけられた、とでもいいましょうか。
 
相手は親切心でやってくれているんだろうけど『今はそれは求めてないんだ……』ってこと、相談相手を間違えてしまった時にありがちですよね。
 
  • やっとの思いで相談をしたのに「わかる、私もね……俺もね……」って自分の話をされて、結局こっちが励ますことになったり。
  • やっとの思いで相談をしたのに「あるある、そういうことってよくあるわよ! それでも皆がんばってるのよ!」って斜め上から励まされたり。
 
どちらも悪意はないんだろうけど、今いち親身になって寄り添えてもらえてないような気がして、さらに孤独感が深くなってしまう。
 
 
カサンドラ症候群になる人って、何度も言いますけど基本的に真面目で責任感が強くて優しくて「どうにかしよう!」「ここで手を離してはいけない!」って頑張り過ぎちゃう傾向があります。
 
それに加えて、1人で背負い込む&かかえ込む気質がある。しかも、甘えベたで頼りべたなところもあったりします。私自身、カサンドラ症候群になった時に友人や取引先に言われました。
 
「もうすこし、信じて頼ってほしい」
「1人で頑張らず、一緒にがんばらせてほしい」
 
当時の私が言われて安心したこの2つの言葉を、今、カサンドラ症候群で苦しんでいる人達にもそっくりそのまま届けたいです。